森田ゆりさんとの出会い(1)

 夫が参加した研修の後、幾度となく森田ゆりさんの話しが会話の中に出てきた。
夫は、何か感動すると最低3回は同じことを熱っぽく語る。それも、何度同じことを話したかということは、覚えてないらしく「3度目ですけど・・・」というと「そうだっけ?」となる。今回は3回どころの騒ぎではなかった。研修でおきたことの一部始終を語るのだった。それは私にとって嫌な事ではなかったし、その森田ゆりさんにも、とても惹かれた。どんな人なんだろう・・・・・。
「とても気さくな人だから、きっと好きになるよ。」その言葉に背中を押されながら出かけていった。遠く歩きなれないところで、最寄の駅からずいぶん迷った。住所だけでは探しきれず何度も電話してやっとたどり着いた。少しの緊張と時間が過ぎてしまったので焦せっていた。

本当は、「今以上にクライエントを増やすのは・・・」と、いわれたのだったが、私が住んでいるところでは、話を聞いてもらえる場所はなかった。「どうしてもということならば」と、無理をきいていただいたのだった。
約1時間半、ざっと自分のことを話した。なぜここにくることになったのか、私自身が抱えてるものは何か、うつになって激やせしたこと、仕事も辞めて放心状態のままであること、生い立ちなど。話をしているうちにどんどん涙があふれてくる。そういう自分も想像していなかった。私の中では、あたりまえのことだと思っていたからだ。いつもだったら、物事を順序良く整理して話そうと努力するのだが、このときはそれができなかった。

 自分の中で人に話したことのないことを話すということが重かったのかも知れない。何回も森田ゆりさんに、「ちょっと待ってね・・・・・」と、確認された。
いつのことなのか?相手はどの人なのか?等。
私の中で、もし虐待を受けているとすれば、父からの性虐待だと思っていた。なぜ親子でそのようなことが起きるのか、私は父にとってなんなのか?どうしてなんだろう?それがいつも頭の隅に残っていた。一通り話を聞いてくれた後に、「かすみさんは、3度子育てをしてきたのね。」といわれた。私の中では「3度?」だった。
「弟さん、妹さん、そして娘さんの3回でしょう。」「妹は、確かに4歳から同居していたから子育てって言えるかもしれませんが、弟も入るんですか?」と聞いた。
そうしたら、さゆりさんは「10歳のおねえちゃんがご飯作ったり、弟の面倒を見たり、いろいろしてきたんでしょう。」といった。
 そういわれれば、そうかもしれない。
「子どもらしく育ちたい時にそうできなかった。それが辛かったり、苦しかったりはしていないの?」と聞かれた。私の中では、誰でもそういう環境になればそうするものだと思って生きてきたからあまりピンとこなかった。

 「お父さんに対しての憎しみ、恨み、怒りとかは、ある?」
「そういう気持ちはありません。ただ早くこの世の中から消えて欲しいという気持ちは持ったことがあります。」そう答えた。「かすみさんは、ずっと10歳の時からお母さんをしてきたのよね。子どもとして甘えることもなく子どもらしく遊ぶこともなく、長い間お母さんだったのよ。それはとてもつらいことなのに、辛くなんかないって思ってきたから、その辛さが爆発してるのよね。
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